P.H.の偉大な業績(中編)

第二次世界大戦が終わり
少しずつ人々が娯楽にも目を向ける余裕が生まれてきた、

ある日。


読心術のショーを見に行ったフルコスは、
やおら会場で突然立ち上がると
大きな声で、こう断言した。

私のほうが、あなたよりもずっと
人の考えていることを当てられる!

あなたの手品は、私にとって退屈しのぎにもならない
つまらない三流ショーだ!!」

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会場内で、ざわつく周囲の観客達と
また、いきなり観客の一人から
「三流」だの「つまらんショー」だの揶揄され
困惑するステージ上の読心術師を尻目に

なおもフルコスは敢然と言い放つ。

「今、あなたのポケットには、
グレタという女性からの手紙が入っている
はずです。
その女性は、あなたの行く先々へとあなたを追いかけ
たった今も、この会場に来ている!
それは、あの人です!!」

フルコスは、一人の女性を指差す。

突然見知らぬ観客の男から
迷いなく指をさされ
おろおろし、今にも泣き出しそうな顔になってゆく
観客の一女性と
ステージ上で固まっている読心術師。


やがて読心術師は激しく狼狽しはじめると
舞台袖で助手として控えていた、彼の妻がツカツカと
ステージに登場

その場で読心術師である夫の上着ポケットを探り
入っていた紙片を取り出すと
間違いなくそれは“ラブレター”であることが判り

浮気が発覚。


あっという間にステージ上で夫婦喧嘩が勃発――
という、

全く別の意味で
大盛り上がりのショーとなった


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(Peter Hurkos /born Pieter van der Hurk 1911.05.21.-1988.06.01.:the Netherlands)

こんな経験を伴い、フルコスは
自分の才能を使って、ショー舞台・・・
ステージ活動で生計を立ててゆこうと決意する。


派手なショー活動に負けない、
フルコスが発揮するESPがもたらす
高的中率を誇るショーが話題
となってゆき

そのおかげで、一方では

行方不明者や犯罪者の捜索で
協力を要請される
ことが増えていった。

勿論、高い成功率は言わずもがなであった。



そんな彼の評判は、
国境を越え海外にも及ぶ。

アメリカで、
ある著名な医学博士(後に超心理学者ともなる)が、
2年前から心霊現象を研究しようと計画を練っていた。

自身も、大カフナ(ハワイの伝統的な魔術師)の認定者であり
米国メーン州に国防総省のバックアップを受け
“円卓財団”を設立、
1950年代にはCIAのマインド・コントロール計画に協力し
政財界や軍につながる幅広い人脈にものを言わせ、
世界的超能力者ユリ・ゲラーや
有名女性霊媒アイリーン・ギャレット、
伝説的な心霊手術師ホセ・アリゴー
など
錚々たる超一流の人物達を招き、スピリチュアル関連の研究に
生涯没頭した人物―――


A.プハリッチ博士。

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(Andrija Puharich/Henry Karel Puharić 1918.02.19.-1995.01.03. USA)

派手な舞台でも気おされなく発揮される透視能力、
それだけではなく、
警察の犯罪捜査にも快く応じ、実績を残し積み上げ
名実共に、超感覚能力で成功を収めている
オランダの超能力者―――
ピーター・フルコスこそ
自分の実験に一番ふさわしいと、判断。

1948年、彼は正式にアメリカへと
フルコスを招待する。


それから約2年間、
フルコスはプハリッチ博士の要請に応じ
自国とアメリカを往復する生活に甘んじていたが

その間、
アメリカのマスコミも、フルコスの実力を
認めるようになっていったこともあり

持ち上げられる形で、
フルコスは生活圏をアメリカへ移したのである。

彼がアメリカへ移住してからも
ショーや警察への協力姿勢は変わらず
あでやかに業績を残してゆくが

その中でも、
もっとも彼の名を知らしめた犯罪解決・・・

後に、
警察だけでなくマスコミや協力した住民達でさえ

『実際の犠牲者だけでなく、
一体、この先何人の未来ある命を救ったことか!』


と、感謝をもって
フルコスを賞賛した事件がある。

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6人もの、
しかも10代の女子学生ばかりが猟奇的に惨殺されるという
当時ミシガン州で起きていた、
おぞましい連続凶悪殺人事件


ちっとも進まない警察の捜査に
業を煮やしたマスコミや、
地元住民からの有志による切なる要請を
フルコスが受ける形で、解決への道のり
が始まった。

フルコス自身でさえ
「自分にとって、最大の偉業だった」
と後々まで語る
ようになる、


“Panic on Campus”
(恐怖のキャンパス)



そう名づけられた

連続猟奇殺人事件解決の、幕開けだった。