少女は帰った、あの場所へ。



奇妙な事件は

1964年、イタリアはローマで商売をする
ある画商が持っていた一枚の絵から始まった。

その絵は、背景の中で
一人佇む少女が描かれたもの。

作画家はムニロム

7月のある日、店を開けようと
軽く掃除をし、窓のシャッターを開け
店内を明るくして
配置された絵をいつもの通り眺めたところ・・・

一枚の絵に、異変が起きていた。

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(Title: Betty Newell/1922 Painter: Charles Courtney Curran)

しかも
変色とか、キズや破損、という類ではなく
とてもじゃないが、通常では
ありえない現象
が、その絵に起こっていた。

ムニロムの絵だ、と
すぐに分かった画商は理解しがたい異変に
ビックリ動転し
、店を開くのも忘れて
急遽ムニロムに連絡した。

ムニロム。お前さんの絵に
とんでもないことが起こっているんだ。
その・・・、ああ、とにかく来てくれ!
絵の中に描かれていた少女が・・・、少女だけが
絵からポッカリ消えてしまっている
んだよ!!


少女の立ち姿を描いたムニロムの絵から
なんと、キャンバスの主人公である少女が
白いキャンバス地だけとなり
スッポリと消えてしまっていた
のだ。


誰も何もしていない・触ってもいないのに
一晩たったら

ムニロム作のその絵は、
絵の具の塗られていない少女の形をした
白いキャンパス地のシルエットと
塗られた背景が残っているだけの
になってしまった
のである。

知らせを受けて駆けつけたムニロムも
これには仰天し、
ただ唖然とするばかり。


キャンバス地の部分だけ
絵の具が急速にはげ落ちたのか?
それとも色褪せたのか?
誰かが絵の具を削った?

それも、たった一夜で?

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問題の絵を前にして
画商と2人、いろいろ考えてはみたが
しかし、鍵や窓の破損が微塵も無く
誰かが侵入した形跡は皆無だし
絵の具を削ったとしても
キャンバス地の細かい目には、絵の具のカスすら
まったく残っていず・・・、

そもそも何故
“少女の部分だけ”が、消滅したのか。

まったくの謎
だった。


絵を描き上げたムニロムも画商も
こんな奇妙な出来事は初めてだったので
大いに困惑した


ムニロムはともかく、画商は
商売にならない絵を置いておくわけに行かず
(薄気味悪さもあったので)引き取りを願い、
ここはムニロムも承諾。
自宅で保管することにした。

だが、
芸術家特有のカン・・・とでも言うのだろうか。

自宅で持ち帰った問題の絵を眺めていた時、
彼は怪しい胸騒ぎを覚え、落ち着かなくなり
その日の内に
モデルとなった少女の家を訪ねた。


すると

案じたとおり、かの少女は
3日前に町外れの友達の家へ遊びに行き

そこを辞した後、
行方が分からなくなっているという
のだ。


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不安を覚えて訪問したムニロムへ
説明しながら涙をこぼす母親をみて
止むに止まれず彼は

母親を連れてその友達の家へ行き、
そこから、少女の自宅への帰り道を
一緒にたどって丹念に探した。

途中にある畑や農家や廃屋となった納屋、空き地や野原。
そして
中間地点からすると少女の自宅寄りである
小さな沼地を最後に探す。

2人はやがて、そこで
長く藻のように伸び水面にはびこった水草に
絡まりながら浮かんで横たわっている
少女の姿を発見


溺死した、
彼女の哀れな姿であった。



当時の警察の検証によると
その沼地では、時折
動物や人がはまり込む事故が発生していたらしい。
だが、小さな沼地であり
死者が出た事はなかったので、軽視され
ろくに探索されずに、結局は
少女の発見が遅くなってしまった
・・・
ということだ。

恐らくは、帰り道に
沼地を散歩して、水草に足を取られ
溺れてしまったのだろう。

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警察での事情聴取を終え
思いもよらない事態に遭遇した疲れと
精神的な落ち込みで
足取り重く家へ向かうムニロムであったが、

自宅が近づくにつれ、こう思った。

あの絵の、空白部分。
彼女はきっと、
誰も見つけてくれない自分を悲しみ、
その空ろな気持ちと早く見つけて欲しい気持ちを

自分の絵――、あのキャンバスを使って
知らせてくれたのだ。

自分や画家が、キャンバスを使って
“絵という手段”で
“思い”を表現するのと同じように。


だったら、
自分に出来る少女への供養があるとしたら、
それは、彼女の生前の
生き生きとした姿を、あのキャンバスの世界へ
写しだしてやること
だ。

あのポッカリ空いた空白の部分に
もう一度、彼女の姿を描こう!

そう決心したムニロムが
自宅のドアを開け
問題の絵の前に立ったとき―――、

そんな彼の決心は
すでに必要なくなっていた
のを、知った。



何故なら


その絵は元通りになっていたのだから。


背景に一人佇む少女の絵。
キャンパス地の空白など、一ミリも無かった。

少女は、再び
元の姿のままで
絵の中に佇んでいたのである


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不気味ではあるが
一方で切なさを禁じえない
恐怖譚のまつわるその絵を、
ムニロムは後に、どうしたであろうか。

絵の行方については一切伝わってはいないが

これは

1964年7月に実際にあった奇妙な出来事として
画商の証言と共に記録された
心霊がらみの件である。