物体エネルギー撮影の発明者(前編)



セミヨン・ダビトビチ・キルリアン。

旧ソ連出身の苦学生だった彼は、
独学で電気技師の資格を取り、
ある一病院内での保安係兼電気技師として勤務していた。

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(Semyon. D. Kirlian./1898.02.20.–1978.04.04./Russian)

時は1939年
電気療法に使う高周波装置器を修理していたとき
のこと。

不注意にも電流が通じている電極に手を近づけたキルリアンは
電流によるショックを受けたのだが
その瞬間、
放電によって、明るく輝く光を目の当たりにする

この現象に好奇心が沸いた彼は
感光物質を、そこに置いたらどうなるのだろう?
・・・そう思い
自分の手を感光紙の後ろへ当てた電極に触れた状態のまま
写真を撮ってみた


これを急いで現像すると、そこには
被写体として写っている自分の指先の周りから
ボウっとした不思議な光が放出されている
のが写っていた
のである。

単なる好奇心でやってみた小さなことが予想外の結果を生み、
写り込んだ正体不明の光に魅了されたセミヨン・キルリアンは
同じく好奇心の強い元新聞記者であった妻、ヴァレンティナと協力しあい
この不思議な光体を写し出す電気機器の研究へと没頭
してゆく。

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ヴァレンティナ・クリサノーヴァ・キルリアン
(Valentina. K. Kirlian./-1972./Russian)


そうして研究が進むにつれ、
興味深い事実が次々と判明する。

たとえば、
木からもぎ取ったばかりの葉っぱを写すと
葉の周囲を縁取るように明るい放射光が写る他、
表面には、無数の光の点が散らばっている

しかし数日後に同じ葉を撮ると、放射光の幅は小さく薄くなり
表面にあった光の点は無くなって
しまう。
また、
コインなどの金属や無生物を写してみたところ
萎れる寸前の葉のように微量な光が周囲を囲ってるだけで、
光の点などは微塵も写らない。

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金属製のコインを縁取るような放射光。

さらに、人間の手を被写体とする研究上で
キルリアン夫妻は驚くべき事実を発見する。

体調が悪かったり、気分がすぐれなくて
不安定な精神状態の人間の手
を撮影すると、
健常者の手に比べて放射光が弱く
現れ方も所々抜けてたり放射の幅が波打っていたり・・・と
光の放射具合が、だいぶ不規則に写る
ことが判ったのである。

これについてはキルリアン自身も
偶然ではあったが、撮影して確認している。

機器の撮影コンディションを見るため、
ある日 いつもの通り自分の指先を試し撮りした彼は
普段の指先放射光の様子と違い、
酷く不揃いで放射幅も小さいのに驚いた

だが、その時は特に体調の崩れを感じていなかったので
首を傾げる程度でそのまま済ませたが、
なんと
その日の夕方から急激に体調を崩し
悪性の風邪を患い、寝込んでしまった
のである。

こんな彼の体験や数々の実験・研究により
どうやらこの正体不明の放射光には
植物や人間など、生命体の健康状態を知る
なんらかの相関関係
が含まれている

考えるに至った。

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この放射光を、もっとスムーズに撮影するため
1940年代、
キルリアン夫妻は専門の撮影機を開発


その撮影機で写し出された写真が
世に名高い『キルリアン写真』であり、
撮られた独特の放射光をさして
『キルリアン効果』と言われる
ようになる。


この撮影機は、X線や赤外線などは使用しないが
レントゲン撮影のように接触露出原理を使って撮影
する。
なので、
被写体のサイズに合わせて撮影機のサイズも
持ち運びできるものから大型のものまで、多種ある。
撮影は暗室内で行われ、
15,000から60,000ボルトの高電圧で
なおかつ低アンペアの電流を作り出す装置高周波発生板に
写真の感光紙または生フィルムを置き
その上に被写体
―― 手とか足とか、葉、コイン等――
の、物体を数秒間乗せておく。
あとはその感光紙かフィルムを現像するだけ

キルリアン写真は撮影できる。

セミヨンとヴァレンティナは
第二次世界大戦のまっただ中でも屈せず研究を続け、
1960年代には
ソ連政府から研究助成金を得るまでになった。