未婚の母の悲しみ




英国ウェールズ北部に教区を受け持つ
J.I.ロバーツ牧師
の住まいに、
ある日、年配の夫婦が相談があると訪問してきた。

「この頃、家にいると寒くて寒くて
それに・・・特に理由も悩みも無いのに
気分が何故か落ち込んで、酷く憂鬱になる
んです」

こんな言葉から始まった夫婦の相談内容は続く。

家の中が、なんと言いいますか・・・
とても居心地が悪くて

いえね、別に変な物音がするとか妙なものが見えるとか
そんなことは無いんですけれど。
ただ・・・」

ロバーツ牧師はお茶を勧め、夫婦の話を促す。

画像


「その居心地が悪い場所が、私達二人で一致していて。
それが、二階にある寝室の隣、
部屋ではなく、階段を上りきったフロアの一画なんです。
ですからそこへ入らないように
一応、つい立で隔てたりしているんですが、
寒さと憂鬱な気分は強くなっていく一方で・・・」

引っ越してきて年月が浅い、しかも老夫婦というのなら
近所づきあいの不安や気苦労があるし
人間、歳を重ねてゆけば体は冷えやすいし
心身の不調から気鬱にもなるだろう、と
ごく一般的な判断をしたロバーツ牧師は

「壁にキリスト像か十字架を掛け、
祈りを唱える毎日を一ヶ月も続ければ
問題は解決します。大丈夫ですよ」

とアドバイスするに留めた。
話を聞いてもらっただけでも安心したのか
夫婦の顔は穏やかになり、
その表情を見て、神父もホッとした。
問題が解決したような気持ちになって
帰る二人の背中を見送った。

画像


・・・が。

2ヶ月、3ヶ月たっても
牧師が提言した救済法は、功を成さなかった

挨拶すら終始うつむいて
ずっと沈み込んでいる二人を見かね、
隣人が牧師へ知らせに来たのである。

「半年前くらいまではにこやかな、
素敵なご夫婦だったのに、最近じゃ
まるで病人のように顔色悪くなって、うつむいてばかりで。
話を聞いてみたら、家の中が寒くて居心地悪くて、
今じゃ変な気配を感じるみたいで
怖くて2階に行けなくて、1階だけで暮してる
そうです。
お祈りしてるけど、酷くなる一方だ、って。

二人とも年配だし・・・
何かあったら、と、心配なんですよ。
なんとかならないでしょうか」。

些細な老夫婦の心配事、で済んだはずの相談事が
解決どころか酷くなっていたことに驚き、
改めて夫婦から詳しく現状を聞きだしたロバーツ牧師は
十字架像も祈りも効果が無く、
人の気配を感じるまでになってきた
、という状態から
専門家を伴って解決にあたることにした

問題の家に、ロバーツ牧師は
霊媒師のエルウィン・Rを同行して訪問。


画像


前もっての知識はあまり教えられないまま
招かれてドアの中へ入ったエルウィンは、
すぐさま目の前にある階段を指差し

「ここを上りきったフロア。そこが一番強い

と指摘。
老夫婦の言っていたこととズバリ一致した。

「霊がこちらへやって来ます。・・・ん?
・・・あれ、何か・・・
どうやら恥ずかしがっているようだ」

ゆっくりと階段を上り2階に来た一同は
エルウィンの言葉に耳を傾ける。

「恥ずかしがる?ってことは、女性の霊かね?」

ロバーツ牧師の質問に、頷きながら
エルウィンが続ける。

「恥ずかしい、というのは、それは、
我われに対してではなく・・・
・・・罪?罪を犯した、とかそういうようなもの・・・。
・・・ああ、そうか、違うんですね。
貴女じゃないんですね?」

そう言った後、しばらく黙り込んでいたが
小さく息をつくと

「若い・・・少なくとも中年前の女性の霊です。
名前はマーガレット・エリス
泣きながら、こう言っている。
“赤ちゃんを殺したのは、私じゃないわ”
でも、周囲から疑われて・・・
それがとても辛かったようだ


ひとまず落ち着きながら、
分かったことを説明しましょう、と
1階の居間で、出されたお茶と共に
エルウィンは話し始めた。

画像


「この家にいる霊、
マーガレット・エリスは未婚の母です。
私生児を生んだ、だから神の身元に行けない、と。
それが我々の前でも恥ずかしがっていた理由の一つ
です。
父親の名は、アーネスト・ジョンスン。
粗野な感じの・・・銅山に関わっていたようだが。
その父親、アーネストが、
赤ん坊を殺している

直接手にかけてはいないが、2人のゴロツキを雇って
自分の子供を殺させた

赤ん坊は、あの階段の上から投げ落とされた。
あなた方が妙に感じた、あの2階の一画から
落として死なせたんです


老夫婦は目を見開いて、ただ驚いていた。

「でも、地元の・・・周囲の人々は
“ゴロツキに殺された”という
マーガレットの言葉を信じなかった。

なぜならば、マーガレットは私生児を生んだ
ふしだらな女だからだ、と。

男にだらしない女だから、きっと、子供が邪魔になって
自分で赤ん坊を始末したんだ、
そう噂され続けた
・・・辛かったと思います。
泣き暮らしたことでしょう」

そして、こうも付け加えた。

「あと、“73”。この数字が気になります」

ロバーツ牧師も夫婦も
73という数字に覚えが無かったので
この場で交霊して探ってみよう、ということになった。

画像


果たして、

交霊でマーガレットとは交信できたものの、
73が何を意味するかは解らなかった。

しかし、老夫婦の優しい言葉が
さ迷えるマーガレットを救った
ようだ。

「私達は、あなたが赤ちゃんを殺したなんて
ちっとも信じてませんよ。
だってあなたは、ずっと泣いている。
赤ちゃんを心から愛して大切に思っていたから、
今もここで話してくれてるんでしょう?
神だって、許して下さってますとも」


二人揃って話しかけると、
数分たたずに
エルウィンが彼女の様子を伝えた。

「ああ・・・いい笑顔だ。微笑んでいますよ。
今は涙の跡さえ無くなってます。
薄くなってゆきます・・・。
・・・消えました。あの階段の一画から。
もう霊はいなくなりました」


交霊会が終わった後、
ロバーツ牧師とエルウィンを
玄関で見送ろうとした老夫婦が
にわかに言った。

「あれ?なんか、家の中が暖かい・・・」。

画像


その日以来、
老夫婦の家の中は寒さの欠片も無くなり
居心地も申し分なく良くなって、
平和で穏やかな暮らしに戻ったそうだ。

そしてロバーツ牧師は
他の教区牧師に この件のあらましと共に
調査と情報の提供を依頼


その結果、確かに
マーガレット・エリスなる人物が
1873年3月27日に埋葬されていることがわかった。

享年76歳と記録されていたそうだが、
それ以外は
残念ながら裏づけを取れなかった。

しかし、“73”の見当はついた。

彼女が没した年――
1873年の“73”を示していたのだ。


ロバーツ牧師は後に
こんな感想を漏らしている。

「複雑で重い相談の時、
私は霊媒のエルウィンと協力するのだが
その中でも、あのマーガレットは
とても人間らしい幽霊だった。
あんな霊に遭遇したのは、私は初めてだったよ」。

画像


それにしても

一人の女性の霊が
悲嘆にくれ、狭い場所で約100年間も
泣き続ける羽目になってしまったのは

私生児を産み落としたからか?
父親がしでかした残忍な非情行為ゆえか?
それとも周囲の無理解による冷たい仕打ちのせいか?

いろいろと考えさせられる心霊事件だ。


これは、比較的近年の

1983年に起こった、
英国での実話である。